平成30年10月12日号

特許ニュース

東京地裁、機能的に表現された抗体クレームの技術的範囲属否について判断する。

原告バクスアルタインコーポレーテッドおよびバクスアルタゲーエムベーハーが、被告中外製薬株式会社に対し、その保有する特許権に基づき、被告製品(開発コードをACE910、一般名をemicizumabとする、血友病Aの治療を目的とした抗体医薬)の製造等の差止および廃棄を求めた事案において、東京地裁は、平成30年3月28日、機能的に表現されたクレームを限定的に解釈し、原告の請求をいずれも棄却する判決を下した(東京地裁平成30年3月28日判決(平成28年(ワ)第11475号))。

事実関係

1.当事者
原告らは、いずれもヘマトロジー(血液学)、イミュノロジー(免疫学)、オンコロジー(腫瘍学)での希少疾患等に対する治療薬の開発、製造、販売を行う外国会社であり、特許第4313531号(本件特許権)の特許権者である。
被告は平成24年8月頃から被告製品(開発コードをACE910、一般名をemicizumabとする、血友病Aの治療を目的とした抗体医薬。)につき日本国内で臨床試験を行っていた。
なお、本訴訟係属中の平成29年7月21日には製造販売承認申請が行われ、口頭弁論終結後の平成30年3月23日(本判決の5日前)には被告製品の製造販売が承認され、本判決後の平成30年5月22日に薬価収載がなされている。

2.本件特許発明
関連する無効審判を受けて訂正された後の本件特許発明1は、

  •  構成要件1A 第IX因子または第IXa因子に対する抗体または抗体誘導体であって、
  •  構成要件1B 凝血促進活性を増大させる、
  •  構成要件1C 抗体または抗体誘導体(ただし、抗体クローンAHIX-5041:HaematologicTechnologies社製、抗体クローンHIX-1:SIGMA-ALDRICH社製、抗体クローンESN-2:AmericanDiagnostica社製、および抗体クローンESN-3:AmericanDiagnostica社製、ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。
 というものである。

3.被告製品
原告の特定する被告製品は、
「血友病Aの治療を目的とした医薬であり、活性型第IX因子および第X因子と同時に結合することで第VIII因子様の機能を発揮し、血液凝固反応を促進するバイスペシフィック抗体(二つの抗原結合部位が異なる抗原と結合できるように設計された抗体)」
というものである。

4.争点
本件の争点は多岐に及ぶものの、裁判所による判断がなされたのは下記の争点1のみである。

  • (1)被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)
  • (2)被告による被告製品の製造等が、本件特許権を侵害し又はそのおそれがあるか(争点2)
  • (3)臨床試験のための被告製品の製造等は「試験又は研究のためにする特許発明の実施」(特許法69条1項)に当たるか(争点3)
  • (4)本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点4)
     ア 無効理由1(実施可能要件違反)(争点4-1)
     イ 無効理由2(サポート要件違反)(争点4-2)
     ウ 無効理由3(明確性要件)(争点4-3)
     エ 無効理由4(訂正要件違反)(争点4-4)

5.争点1に関する当事者の主張
原告は、(1)バイスペシフィック抗体とする改変は、新たな改良であるとしても、「凝血促進活性を実質的に増大させる」ことに変わりはないこと、(2)機能的クレームによって記載された発明の技術的範囲は実施可能要件により画され、当業者は本件明細書の記載及び技術常識に基づいて被告製品を製造等することが可能であること等から、被告製品は本件特許発明1の技術的範囲に含まれる旨主張した。
他方、被告は、(1)本件明細書に開示された発明とは全く異なる技術的思想による製品であり、本件明細書に記載された抗体の改良ではない上に、(2)「凝血促進活性を実質的に増大させる」に関する明細書の記載に基づいて、「第IX因子または第IXa因子に対する抗体または抗体誘導体であって、凝血促進活性を増大させる、抗体または抗体誘導体」とは、本件明細書に開示され、第IX因子又は第IXa因子に結合し、かつ本件明細書で開示されている第Ⅷa因子のための色素形成アッセイにおいてネガティブコントロールとの比が3を超えるモノスペシフィック抗体及びその誘導体に限られると解釈されるべきと主張した。


本判決

本判決はまず、特許請求の範囲が機能的な表現で記載されている場合について次のように一般論を述べた。

「特許権に基づく独占権は、新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから、このように特許請求の範囲の記載が機能的、抽象的な表現にとどまっている場合に、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを、その技術的範囲に含まれると解することは、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが、そのような解釈は、発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。したがって、特許請求の範囲が上記のように抽象的、機能的な表現で記載されている場合においては、その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず、上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし、このことは、特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく、明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。」

 そして、本件特許発明1に関して、「バイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得る」としながらも、以下のとおり認定し、本件特許発明の技術的範囲に属しないと判示した。

 「バイスペシフィック抗体については、本件明細書において、実施例として作製された例は記載されておらず、第IX因子又は第IXa因子に結合するアーム以外のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されてない。しかし、バイスペシフィック抗体自体は、抗体誘導体の一態様として明記されている(段落【0019】、【0026】)。そして、凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作製されており(実施例10ないし13、15ないし18)、本件出願日当時の技術常識によれば、第IX因子又は第IXa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であり、第IX因子又は第IXa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が、モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると、バイスペシフィック抗体についても、モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれると解される。したがって、本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには、「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの、バイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。」

 「他方、第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には、別異に解すべきである。すなわち、本件各発明の技術的範囲に属するというためには、「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ、これには、第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではない第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし、かかるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は、たとえ、それ自体が第IXa因子の凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても、本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって、本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえないというべきである。」

 「「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは、少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えるものでなければならないものと解されるところ、前記2において認定したとおり、左右のアームがいずれも被告製品の第IXa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)の色素形成アッセイキットによって測定されたネガティブコントロールとの比は、1.36から1.48であったこと(乙38)からすると、Qhomoは第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるモノスペシフィック抗体とはいえない。そして、被告製品は、Qhomoの片方のアームを第Ⅹ因子に対するものに改変したバイスペシフィック抗体(抗体誘導体)であるから、第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体からの誘導体ということができる。そうすると、被告製品は、第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体から、その第IXa因子結合部位を取り出し、特定の第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより、凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから、「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。したがって、被告製品は、本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないというべきである。」

検討

(1)本件特許発明と被告製品とでは技術思想がかなり異なるため、本判決の結論自体には特に違和感はない。
すなわち、血友病Aは凝固第VIII因子の欠乏に起因する最も発生頻度の高い先天性凝固障害症であるところ、本件特許出願日当時、治療の原則は欠乏する第VIII因子を補う補充療法であったが、抗第VIII因子抗体(インヒビター)の発生が課題として存在したため、補充療法以外の治療法が望まれていた。本件特許発明は、要するに、第IX因子又は第IXa因子に結合するアームを有する抗体(ただし公知の抗体を除く)により、第IXa因子の酵素活性を高め,凝血促進活性を増大させる技術思想で、他方、被告製品は、一方が活性型第IX因子、もう一方が第X因子を認識するバイスペシフィック抗体に第VIII因子を代替させるという技術思想である。したがって、作用機序が明確に異なっている。

(2)問題は、本件を属否論で処理するか、無効論で処理するか、である。
ところで、本件は低分子医薬等ではなく「抗体」医薬に関するものであったが、もし仮に低分子医薬において本件のような機能的構成を発明特定事項とする場合には、記載要件違反と判断される可能性が高い。
他方、本件のような「抗体」医薬において機能的な特定を許さないとすると、いちいち考えられる構造で特定をしていく必要があるが、権利範囲が複雑となることは間違いない。ただ、構造による特定は不可能ではないことから(事実、本件特許明細書にも構造は列記されており、構造による発明の特定は可能であった)、低分子医薬では許されない機能的クレームが、なぜ「抗体」医薬では許されるのか疑問であるとの見解もある。このような見解には、本件を無効論で処理すべきとするものもある。

(3)裁判所は、「本件各発明の技術的範囲に属するというためには、「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要である」とのクレーム解釈を提示している。これは、「本件出願日当時の技術常識によれば、第IX因子又は第IXa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であり、第IX因子又は第IXa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が、モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる」との判断を前提とする。
しかし、上記解釈の根拠となった本件特許明細書の記載は「本発明の抗体、および抗体誘導物、ならびにこれらから誘導された有機化合物は・・・二重特異的(bispecific)抗体・・・を含む。」といったごく一般的なものに過ぎない。したがって、本件特許出願日当時に、上記「改変した」バイスペシフィック抗体が具体的に予測できたとまでは言えないのではないかとの異論もあり得る。

(4)その他、本件では判断されなかったものの、本件臨床試験が「試験又は研究のためにする特許発明の実施」(特許法69条1項)に当たるかも争点であった。
この点、後発医薬品等の製造承認申請に必要な臨床試験等が特許権の効力が及ばない「試験又は研究」に当たるか否かについて、最二判平11・4・16(民集53巻4号627頁)は、以下の理由を以てこれを積極に解する。①仮に特許権存続期間に後発医薬品の製造承認に必要な臨床試験が行えないとすると、実質的に特許権の存続期間満了後も第三者が当該発明を自由に利用できなくなること、②特許権者は特許発明の独占的実施による経済的利益は確保されること。上記最判の理由付けからすれば、その射程は薬事法第14条第1項の承認を要する医薬品、医薬部外品等全般に及び、後発と新薬とを問わないと思われる。したがって、本件でも、仮に裁判所の判断がなされたとするならば、製造承認申請に必要な臨床試験等については「試験又は研究」に含まれ、特許存続期間満了後の販売に向けて在庫品を製造するような場合は「試験又は研究」に含まれないことを前提としたものだったと推測される。

本件は機能的に表現された抗体クレームの技術的範囲属否について判断した珍しい事例であり、今回紹介させていただいた次第である。

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文責: 鈴木 佑一郎 (弁護士・弁理士)