令和2年12月4日号

特許ニュース

特許法第102条2項による損害額の算定において、侵害者が得た利益の9割ないし9割5分について推定の覆滅を認めた事例

 原告が被告に対し特許権侵害に基づく差止めおよび損害賠償を求めた事例で、東京地裁は、特許法第102条2項を適用しつつ、販売された被告製品の大部分は特許発明にかかる特徴とは別の機能等に特徴に惹かれて購入されたものであるとして、侵害者が得た利益の9割ないし9割5分について推定が覆滅されるとした(東京地裁令和2年9月25日判決(平成29年(ワ)第24210号))。

事案の概要

 パラマウントベッド株式会社(原告)は、以下の3件の特許の特許権者であった。
(1)特許第3024698号(発明の名称:ベッド等におけるフレーム構造)(本件特許権1)
(2)特許第5252542号(発明の名称:ベッドにおける取付品支持位置可変機構)(本件特許権2)
(3)特許第4141233号(発明の名称:電動ベッド)(本件特許権3)

株式会社プラッツ(「被告」)は、介護用ベッド(被告製品1~6)を製造・販売していた。

原告は、①被告による被告製品1・2・3・5の販売は本件特許権1を侵害するとして損害賠償を求め(後に、訴えを変更して対象を被告製品3・5のみに限定)、②被告による被告製品4の販売は本件特許権2を侵害するとして損害賠償等を求め、③被告による被告製品6の販売は本件特許権3を侵害するとして侵害賠償および販売等の差止めを求め、東京地裁に訴えを提起した。

本判決

 東京地裁は、被告製品6については、発明の技術的範囲に属さず、あるいは特許が特許無効審判により無効にされるべきであると判断した。
他方、東京地裁は、被告製品3・5については、これらを販売する行為は本件特許権1を侵害する行為であり、また、被告製品4についても、これを販売する行為は本件特許権2を侵害する行為であると認定した(被告の無効の抗弁の主張はいずれも排斥)。

なお、東京地裁が、被告製品3・5が発明の技術的範囲に属するとした、本件特許権1の請求項1・2に記載の発明(併せて「本件発明1」という。)は、それぞれ以下のとおりであった。

【請求項1】ベッド等において、床板を支えるフレームを、使用者の体格に対応させるべく、フレームの一部を異なった長さの交換装着用フレームに置き換え可能に構成したことを特徴とするベッド等におけるフレーム構造。

【請求項2】ベッド等において、床板を支えるフレームのうち、足側床板に対応する足側フレームを、使用者の体格に対応して、異なった寸法規格のものに、交換装着可能に構成したことを特徴とするベッド等におけるフレーム構造。

本件特許権1について、東京地裁は、原告が本件発明1の実施品を製造・販売していたことから、原告に、被告による本件特許権1の侵害行為である被告製品3・5の販売行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在し、特許法第102条2項に基づき、被告が被告製品3・5の販売により得た利益が原告の損害額であると推定されるとした。
また、東京地裁は、特許102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は、侵害者の侵害品の売上高から、侵害者において侵害品を販売等することによりその販売等に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した利益の額であるとして、これを前提に、被告製品3・5の売上高から原価、金型費、仕入費用、荷造包装費、運送費等の経費を控除し、原告が得た利益の額を算定した。

その上で、東京地裁は、特許法第102条2項の推定が覆滅されるか否かについて検討した。
裁判所は、特許法第102条2項による推定は、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がある場合に覆滅されるとの一般論を示した上で、本件では、以下のような事情が認められるとした。

(1)本件発明1は、ベッドにおけるフレーム構造を、使用者の体格に対応させるために、フレームまたは足側フレームを異なった長さの交換用フレームに置き換え可能に構成し、外観を向上したという効果を奏するようにしたものである。
(2)被告製品3においては、カタログにおいて、体格に応じたフレームの交換が可能なことは記載されておらず、その他の機能が強調して記載されていた。また、被告製品5においては、カタログや被告のウェブサイトに、かかる特徴についての記載はあったものの、被告製品5の複数の特徴のうちの一つとして記載されるに留まり、また、時期によっては、カタログやウェブサイトにかかる特徴についての記載がない時期も存在した。
(3)本件発明1について、ベッドの利用者において事実上、発明の効果を奏するのは、体格に応じた交換用フレームを用いて交換をした場合であるといえるところ、交換用フレーム(交換用パーツ)が販売された数は、被告製品3および5全体の販売台数に比べると、極めて少なかった。

以上の事情に基づき、東京地裁は、
① 被告製品3・5は、そのカタログ等において、本件発明1とは別の機能が強調されていて、相当数が本件発明1にかかる特徴とは別の機能等に惹かれて購入されたことがうかがわれる、
② 本件発明1は、被告製品3・5のタイプを同じくするベッド本体を購入しただけではベッドの利用者においては事実上、その効果を奏しないという特徴があるともいえるところ、交換用パーツの販売数等からすると、ベッドの利用者において事実上本件発明1の効果を奏する形で使われたのは全体の販売台数のうち、極めて限られた台数であり、このことからも、販売された被告製品3・5の大部分は、本件発明1にかかる特徴とは別の機能等の特徴に惹かれて購入されたものと認められる、
とし、このような被告製品3・5が本件発明1の実施に係る部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力等の事情を考慮すると、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を大きく阻害する事情があるとした。
その上で、東京地裁は、特に交換用パーツ等の販売が少ない被告製品3については、侵害者が得た利益の9割5分について、被告製品5については侵害者が得た利益の9割について、その推定が覆滅されるとした。

また、本件特許権2を侵害する被告製品4の販売行為についても、東京地裁は、被告の利益額を算定した上で、被告製品3・5と同様の事情が認められるとし、侵害者の得た利益の9割について、その推定が覆滅されるとした。

結論として、東京地裁は、原告の損害賠償請求のうち、合計3億8122万2226円については理由があるとして、被告に対し、上記金額および遅延損害金の支払いを命じる判決をした。

検討

 特許法第102条2項に基づく損害額の算定については、知財高裁令和元年6月7日大合議判決(平成30年(ネ)第10063号)が算定の枠組みを示している。
同判決によれば、覆滅の推定事由については、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たり、例えば、①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について、これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができる。
また、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決することになる。

本件では、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情として、販売された被告製品の大部分は、特許発明にかかる特徴とは別の機能等の特徴に惹かれて購入されたものであると認められることを挙げた。また、東京地裁は、かかる認定の根拠として、被告製品のカタログ等には特許発明にかかる特徴以外の特徴についての記載が存在し、特許発明にかかる特徴についての記載が無い場合もあったことや、特許発明の効果を事実上奏するのは交換用パーツ等を用いて被告製品のパーツを交換した場合であるところ、交換用パーツ等の販売数は被告製品の販売台数と比べて極めて少ないことを挙げている。
このような事情に基づき、東京地裁は、侵害者が得た利益の9割ないし9割5分について、特許法第102条2項の推定が覆滅されると判断したものである。

特許法第102条2項に基づく推定の覆滅については、近年、裁判所はこれを安易に認めない傾向にある。上記知財高裁大合議判決の具体的事案においても、知財高裁は、推定の覆滅を一切認めていない。
このような傾向の中で、本判決は、9割ないし9割5分という、かなり大幅な推定の覆滅を認めたものであり、特許法第102条2項による推定の覆滅を認めた一事例として注目される。(もっとも、原告自身、推定が一部覆滅されるとしても9割を超えることはないと主張しており、裁判所の認定は、このような原告の主張をも踏まえたものであると考えられる。)

本判決の全文はこちら(外部ウェブサイト)

文責: 乾 裕介 (弁護士・弁理士・ニューヨーク州弁護士)